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NVSディスカッションレポートVol.3「地域におけるスポーツビジネス×スタートアップ」
新潟ベンチャーサミット2024(以下、NVS)のパネルディスカッションをレポートいたします。NVS2024の概要については、こちらからご確認ください。
今回のスピーカーは、株式会社メルカリ 取締役会長 小泉文明氏、そしてオイシックス・ラ・大地株式会社 代表取締役社長 髙島宏平氏、コーディネーターはフラー株式会社 代表取締役会長、NVA理事 渋谷修太氏です。
スピーカー
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コーディネーター
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ーー渋谷:新潟でもスタートアップがスポーツチームのスポンサーになったり、事業提携したりする事例が増えています。お二人は、どんなスポーツビジネスに携わっていらっしゃるのかそれぞれご紹介をお願いします。まずは髙島さん、そもそもなぜ新潟と関わることになったのでしょうか?
髙島:以前から、十日町の「大地の芸術祭」を手がけるNPO法人 越後妻有里山協働機構の副理事を務め、新潟とは深いご縁をいただいております。加えて、当社の取引生産者さんも数多くいらっしゃいます。
そして2024年からは、プロ野球イースタン・リーグに「オイシックス新潟アルビレックスBC」が参加させていただくことになりました。
私は、地域を活性化させるためには、地元の方々と外部から来た方々がどのように連携できるかが重要だと考えています。その際に大切な三原則として挙げたいのが「若者・バカ者・よそ者」です。ここで「バカ者」とは、リスクを恐れず果敢に挑戦する人たちをあえてこのように表現させていただきました。
東北の復興事例を例にとると、宮城県女川町や岩手県釜石市など、外部の「よそ者」と上手く連携できた地域では、復興が非常に速かった印象があります。地域の「バカ者」と「よそ者」がいかに連携し、よそ者がその立場でどのように活躍するかが成功のカギだと考えています。私自身も「よそ者」の立場から、新潟の地域発展に貢献していきたいと思っています。その第1弾としての挑戦が「野球」です。
2024年のシーズンでは、イースタンリーグで140試合に挑みましたが、最終成績は8位と厳しい結果となりました。それでも、ホームゲームでの勝率は51.6%と勝ち越すことができ、さらに観客動員数ではリーグ3位を記録しました。新潟の皆さまのご支援とご声援により、初年度として素晴らしいスタートを切ることができたと感じています。
次のシーズンでは、競技成績で1位を目指すという目標にはまだ少し距離があるものの、観客動員数で1位を獲得し、さらに盛り上がるシーズンにしたいと考えています。
ーー渋谷:続いて小泉さんお願いします。
小泉:メルカリは、サッカーJ1リーグ所属の鹿島アントラーズの親会社です。アントラーズは、4万人収容のスタジアムに平均して2.3万人のサポーターが駆けつけます。そのため、鹿嶋市が大都市であると想像される方も多いかもしれません。しかし、実際の鹿嶋市の人口は約6万7千人で、決して多いわけではありません。さらに、サポーターの半数以上が県外から訪れる方々で構成されており、地域住民だけでなく県外の多くの方々にも支えられているチームなのです。
実は、ホームタウン5市のうちの3つの市が「消滅可能性都市」に選ばれており、鹿嶋市を含む地域では人口減少が着実に進行しています。また、鹿嶋市のある茨城県は、人口減少という日本全体の抱える課題が先進的に表れている地域とも言えます。
そのような状況下でも、鹿島アントラーズには約80社のパートナー企業が協力し、パートナー企業からの広告料売上は年間30億円弱に達しています。また、地域の事業者100社以上がアントラーズを支えるビジネスクラブに参加しています。
ホームスタジアムは県立ですが、2006年から指定管理者としての運営を受託しており、実質的には私たちが運営している形となっています。
ーー渋谷:かなりの売上がありますが、そのポイントとしてはどんなところにあるのでしょうか?
小泉:鹿島アントラーズのパートナー企業との関係は、単に資金提供をお願いするというスタンスではありません。私たちは「お互いに意味のある関係を築きましょう」という姿勢を大切にしています。そのため、こちらから率先してパートナー企業の経営を分析し、彼らの技術を地域に活用するための実証実験を提案しています。
最近では、アントラーズ、鹿嶋市、JVC KENWOOD様の3社で、JVCさんが持っている無線を使った防災システムを活用した地域の防災に取り組むプロジェクトを開始しました。アントラーズの存在が、このような実証実験の実現を後押しする重要な役割を果たしているのです。
渋谷:アントラーズがプラットフォームのような役割を担っているのですね。
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ビジネス手法を取り入れれば、スポーツビジネスは着実に成長する
ーー渋谷:スポーツビジネスに関わることになった経緯や目的を教えてください。まず小泉さんお願いします。
小泉:私の父の地元が鹿嶋市だったこともあり、幼い頃からアントラーズのファンでした。そのようなご縁もあって、パートナー企業としてのお話をいただくことになり、その後に買収する流れになりました。
当初はメルカリのユーザー層は女性が多いことから、男性向けのマーケティングにも挑戦できるのではないかという期待がありました。その後買収を検討する過程で、アプリやスマートフォンというのは、20年スパンで考えたら存在しない可能性もあるという懸念があります。そのため、リアルな場所でメルカリのミッションでもある循環型社会の実現のためにサステナビリティに関する実験を行える場を持ちたいという考えも背景にありました。
ーー渋谷:一方で、髙島さんはなぜ野球に関わったのでしょうか?
髙島:私たちはBtoC事業を展開しており、知名度の向上が非常に重要です。そのため、メジャースポーツで企業名をチーム名に付けられるという点から、選択肢は野球一択でした。
5年ほど前、野球球団が増えるという話を耳にしたことがきっかけの一つです。また、私自身が新潟にご縁があったこと、さらにNSGグループの池田さんが創業当時からのエンジェル投資家であったことも重なり、新潟の野球チームに関わることとなりました。
ーー渋谷:お二人とも基本的には企業の経営者であるわけですが、実際にスポーツビジネスを手がけられる中での気づきや苦労などはありますか?
髙島:私は、パリ五輪で金メダルを獲得した車いすラグビーの競技連盟の理事長を6年間務めた経験があります。この経験が、現在のスポーツビジネス経営の基盤となっています。スポーツビジネスの現状を見ると、一般的なビジネス手法があまり導入されていないのが実態です。しかし、適切にビジネス手法を取り入れれば、確実に成果を上げることができます。スポーツビジネスは未開拓の分野でもあるため、一般的には当たり前と思われることでも実践することで大きなインパクトを生むことが可能です。
一方で、スポーツに携わる方々は「お金のためだけにスポーツをしているのではない」という強い信念を持っています。そのため、ビジネスマネジメントを一方的に押し付けると、うまくいかないケースが多いのも現実です。スポーツとビジネスの双方に対する相互リスペクトの関係を築くことこそが、成功の秘訣だと考えています。
ーー渋谷:カルチャーをフィットさせていかなければいけないのですね。一方で、小泉さんはいかがでしょうか?
小泉:私たちがアントラーズの親会社になった直後にコロナ禍が始まり、多くの困難に直面しました。しかし、その期間があったからこそ、経営を筋肉質にすることができたと感じています。髙島さんがおっしゃる通り、一般的な経営手法を取り入れることで、業績は確実に伸びるものです。2024年には、集客、グッズ売上が過去最高を記録しました。ただし、試合スケジュールなどを考慮しながら改善を進める必要があるため、ネット企業に比べるとペースがゆっくりになってしまう点は課題です。それでも、着実に経営状況は改善しています。
一方、チーム運営においては、戦力を補強すれば必ず勝てるという単純なものではありません。これには難しさが伴います。また、私たちのようなビジネスマンがどの程度まで介入すべきかという懸念もありました。
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スポーツは地域を結集させる接着剤
ーー渋谷:新潟含め、スタートアップやベンチャー企業がスポーツビジネスに関わっていく意味や地域に与える影響についてどんなメリットがあると思われますか?
髙島:スポーツ界では、一般的なビジネス手法やテクノロジーの活用がまだ当たり前の状態とは言えません。そのため、外部からのエッセンスを取り入れることは、業界にとって大きな意味があるのではないでしょうか。
この考え方は、私たちが農業の分野で取り組んできたことに通じるものがあります。業界ごとに存在する常識のギャップを埋めることが、新たなビジネスチャンスにつながるのではないかと考えています。
また、しがらみのない視点を持つ外部の存在が、業界でタブーとされていることを知らずに実行することは、結果的に新たな価値を生むことがあります。この柔軟性こそが、スタートアップがスポーツ界に関与する意義であり、可能性であると考えています。
ーー渋谷:IT関係のツールも導入するとどういう効果があるのでしょうか?
髙島:ベンチャー経営者にとって、スポーツ界との関わりは自信を深める良い機会になると思います。例えば、自社のアプリケーションが本当に役立つのかを検証するために、スポーツの領域でオンライン決済システムやモバイルオーダーシステムを導入するとします。すると、人の流れが変化したり、売上が増加したりと、結果が非常に明確に現れます。
私たちの野球チームでも、毎試合1,000人から4,000人ほどのサポーターが来場しており、こうした方々を対象に社会実験をすぐに行うことが可能です。また、PDCAサイクルを高速で回せる環境でもあるため、実験から得た学びを迅速に事業へ反映できます。
こうしたプロセスを通じて、新たな価値を創出しながら、自社の成長を加速させることが可能です。
※PDCA
Plan(計画)、Do(実行)、Check(測定・評価)、Action(対策・改善)の仮説・検証型プロセスを循環させ、マネジメントの品質を高めようという概念のこと。
小泉:コロナ禍前、アントラーズや地域の課題を10個ほど挙げ、「これらの問題を解決できるスタートアップがいたら応募してください」という形でピッチイベントを開催しました。その結果、約80社もの応募があり、大きな反響を呼びました。
多くの場合、地域やチームの課題といったマイナス面を隠す傾向があります。しかし、当事者だけでは解決が難しい問題でも、それをオープンにすることで、多くの企業や個人が手を差し伸べてくれるのです。
スポーツチームを介して、地域の課題とスタートアップをマッチングできることはとても意義のある取り組みだと思います。スポーツは市民にとって身近な存在であり、応援しやすいシンボルです。また、スポーツを通じて導入されるサービスは、より親近感を持って受け入れてもらえるという利点もあります。このような取り組みを実現できることこそ、私たちの存在価値ではないでしょうか。
ーー渋谷:B(Business)とC(Customer)を繋げる役割を担っているのですね。
髙島:小泉さんもおっしゃっていましたが、私もスポーツは地域の力を結集する「接着剤」のような存在だと感じています。例えば、一般的なイベントは、集まって勉強して、その後お酒を飲んで終わるというパターンが多いかもしれません。しかしスポーツがあることで、地域全体が一つの目標に向かって動いていくコンテンツになります。
もし鹿嶋にアントラーズがなかったら、今はどうなっていただろうと考えるほど、スポーツは地域の力を結集する最も重要な存在の一つです。それほど、スポーツは地域にとって欠かせないものだと思います。
新潟の皆さんもぜひ、「オイシックス新潟アルビレックスBC」という球団の力を活用し、地域の力を結集していきましょう。私たちは「スタートアップ球団」ですので、皆さんに自由に使っていただける存在でありたいと考えています。さまざまな実証実験に取り組みながら、一緒に新しい球団を作り上げていけたら嬉しいです。
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「ここに来たい!」と思わせる、その地域だけの強みを見つけよう
ーー渋谷:ベンチャーや投資という視点で地方をどのように見ているか教えてください。
小泉:「一筋の光が見えないだろうか」と思いながら、地方の動向を注視しています。これからの地方は、より多くのテクノロジーを取り入れ、それが自然と馴染んでいく過程にあると思います。このようなタイミングこそ、スタートアップが参入する絶好のチャンスではないでしょうか。
首都圏では調整コストが高くなりがちですが、地方では首都圏より人口が少ないという特性を逆手に取ることで、実証実験を行いやすい環境があります。また、地方では長いスパンで、より大きなインパクトがあるものを生み出せる可能性があります。
さらに、地方の特色を活かし、「この場所で何をやるべきか」をしっかり見極めることが重要です。私たちが連携している筑波大学では、「何でもできるのが我々の強み」と考えていますが、最近では「何でも」を強みにするのではなく、ピンポイントの強みを作ることの大切さについて議論を深めています。
個人的には、ピンポイントの強みを見つけ、その強みを長いスパンで育てていくことこそが、地方との相性が良いと思いますし、結果として地方で働きたいと考える人たちが増えていくと考えています。
ーー渋谷:その視点で考えると、髙島さんたちはこれから新潟をフード(食)テックタウンとして盛り上げようとされています。なぜフード(食)なのでしょうか?
髙島:地方×エコシステムの成功例として、シリコンバレーが挙げられると思います。もともとはサンフランシスコの田舎町だったシリコンバレーが、今や長きにわたり世界の中心的存在となっています。その原動力は、外部から集まった人々の挑戦と努力です。私は、地元の人と外部の人では、地域を見る視点が大きく異なると考えています。そのため、地域でエコシステムを構築するには、縁もゆかりもない人たちが「この地に来たい」と思えるような魅力的なコンテンツを作ることが重要です。
これを新潟に置き換えると、新潟にいる人たちが「何を楽しいと感じるか」ではなく、未来を一緒に築いてくれる外部の人たちが「新潟に行きたい」と思える理由を作る必要があります。その取り組みの切り口として、私は「フード(食)」に注目しています。
具体的には、「フードで起業するなら新潟が一番成功しやすい」と感じてもらえる町を作り、「新潟のさまざまな企業に支えられながら成長することが、IPOへの近道である」と認識されるような流れを構築したいと考えています。
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ーー渋谷:最後に、地方で戦っている新潟のスタートアップの視座を高めるメッセージをお願いします!
小泉:メルカリは創業して11年になります。逆を言えば、11年前にはまだ存在しなかった企業です。それが今では、年間1兆円の流通総額を誇るまでに成長しました。この結果は、「こんなサービスを作りたい」という純粋な想いを持ち、日々努力を積み重ねた結晶だと思っています。このような経験から、事業を成功させるうえで場所はそれほど重要ではないと感じています。実際に、ユニクロやニトリのように地方から全国、さらには世界規模で成功した例もあります。結局のところ、成功するかしないかは本人の情熱や行動力次第ではないでしょうか。
髙島:事業を進める上で、自分たちなりの軸を持つことはとても大切です。地方の企業を見ていると、規模を追わずに質を徹底的に追求する経営もあれば、規模と質のバランスを自分たちにとってちょうど良いサイズで保つ経営方法もあります。これは東京であろうと地方であろうと関係なく、事業はその軸に基づいて極めていくべきものだと思います。
このセッションではスポーツビジネスについて話してきましたが、どれほどスポーツが盛り上がっても、残念ながら社会の全ての課題を解決することはできません。それでも、戦争中ですら行われるほど、スポーツには人間の生きる希望が詰まっています。代わりになるものがないからこそ、スポーツは非常に尊い存在なのではないでしょうか。
勝利の瞬間に得られる感動は唯一無二です。この感動を新潟の皆さんと分かち合い、一緒に地域を盛り上げていきましょう。
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