新たな食糧生産システムで世界の食を支える
今回は「J-StartupNIIGATA(以下、Jスタ新潟)」の選定企業である、株式会社プラントフォームの特集記事をお届けします。
新たな食糧生産システムを社会に実装
ーー株式会社プラントフォームは、どのような会社なのでしょうか?
弊社は持続可能な「新しい食糧生産システム」を社会実装することを目指している会社です。一次産業を再構築して、日本のみならず世界の食を支えるため「アクアポニックス」という、陸上養殖と水耕栽培を同時に行う新しい食料生産システムの開発と提供を行っています。システム販売後は、販売と運営を支援するサポートサービスを提供しています。
ーー導入後のサポートも行うということですが、どのくらいの期間伴走されていくのでしょうか?
サポート期限は特にありません。理由としては、まだ世界でも定着していない技術やシステムということもあり、インターネットで調べても事業に活用できる活きた情報がほとんどヒットしないため、我々がこれまで長岡プラントで蓄積してきた知見を役立てていただきたいという想いからです。このアフターサポートを確立させていくため、昨年からフランチャイズサービスを始めました。
フランチャイズ提携により、我々が展開している「FISHVEGGIES」ブランドとして、生産した野菜を販売していただくことが可能になります。また、昨年から規格外の野菜やチョウザメを使った料理を提供するレストラン事業を始めたため、チョウザメ料理のレシピやレストランの運営方法なども顧客へ提供していく予定です。作るだけではなく、販売や加工を含め、収益を出すというのはビジネスを行ううえで重要なことですし、そういったところまで含めて新たな食糧生産システムだと捉えています。
食糧生産システムの革命のカギとなる"アクアポニックス"
ーー「アクアポニックス」について教えてください。
「アクアポニックス」とは、水産養殖の「Aquaculture」と水耕栽培の「Hydroponics」からなる造語で、魚と植物を同じシステムで育てる新しい農業です。アメリカ発祥のシステムと言われていますが、現在は世界各地に広がりを見せています。
ーーどのような仕組みで生産するのでしょうか?
養殖している魚の排泄物をバクテリアが植物の栄養素に分解し、その栄養素を植物が吸収して成長する仕組みです。栄養を吸収することで植物は天然の浄化装置として機能し、浄化された水は再び魚の水槽へ循環します。このシステムは自然界の縮図のようで、水を捨てたり交換したりする必要がなく、農薬や化学肥料を必要としません。実際、弊社の長岡プラントは稼働から5年が経過しますが、これまで一度も水を交換していません。
ーー「アクアポニックス」ではどのくらいの種類の魚や植物を育てることができますか?
魚に関してはチョウザメのみを育てています。理由としては、チョウザメを養殖するための環境がアクアポニックスと相性が良く、ビジネスとしても利益をあげやすい魚であると考えているためです。
一方で、植物に関しては多くの種類を取り扱っており、弊社の実績では200〜300品種ほどの植物を栽培できることがわかっています。適応しない植物はほとんどないと思います。ただし、生産をする上では、手間がかかるものや生産効率が悪いものもあるのは事実です。
ーー「アクアポニックス」を導入している企業はどのくらいありますか?
現在、植物工場として機能する規模のプラントは、新潟県をはじめとして北海道や岩手県など合わせて4つの工場が稼働しています。最近も群馬県でお客様への引き渡しが終わったところで、これから稼働していく予定です。
※2024年9月に取材
農業ではなく、ひとつのビジネスとして捉えてもらうために
ーー株式会社プラントフォームは「アクアポニックス」というシステムを活用して食を支えていく会社という認識で良いのでしょうか?
「アクアポニックス」自体が世界的にもまだ珍しい取り組みであるため、アクアポニックスの会社と言われることが多いです。しかしながら、我々としては「まずは日本の危機的な状況にある農業の諸問題を改善していきたい」という想いで事業に取り組んでいます。「アクアポニックス」はあくまでも手段です。
ーー危機的な状況とは具体的にどのようなことでしょうか?
さまざまな問題がありますが、1つは、食糧生産の要となる農業や林業、漁業などの一次産業に職業として魅力を感じていない人が多いという点です。
単に従事しないのではなく、そもそも職業選択の候補にも入っていないのではないかと感じています。若い世代を中心に一次産業に対する関心が極めて低い人が多く、従事するという選択肢すら浮かばないのではないかと思います。長年、農家の担い手不足が問題視されていますが、今後はその問題自体に関心を持たない世代が増えていくのではないでしょうか。
現在、農業従事者の平均年齢は70歳に近付いていて、主に団塊世代とその子の世代が農業を支えています。しかし、10年もすればその方々が現役を引退することで農業に携わる人が大幅に減少することが予想されます。その結果、需要はあるのに、供給が追いつかないという状況が生まれます。これが現在の日本が抱える大きな問題です。
ーー日本の食糧生産の危機ということですね。
見誤ってはいけないのは、問題は日本だけには留まらないということです。日本は人口が減少傾向にありますが、世界の人口は爆発的に増えています。現在の世界の人口は約80億人ですが、今後20年で世界の人口は20億人増加し、100億人に達すると言われています。世界はこの急速な人口増加に対応していかなければなりませんが、地球の資源には限りがあります。
例えば、森林を切り開いて畑を増やせば、二酸化炭素の排出が進み、環境に悪影響を与えます。また、家畜を増やすと、餌となる穀物や水が大量に必要となりますが、その供給も限られています。特に、牛のゲップによるメタンガスの排出はすでに深刻な問題として指摘されています。現状、地球全体として食糧生産に行き詰まっているのが実情です。
これらの問題解決のための食糧生産システムを模索して提供しているのが我々の会社なのですが、いちベンチャー企業ができる範囲には限界があるので、周りに訴えながらさまざまな業界や大企業に賛同してもらい、事業を広げていきたいと考えています。
ーー解決方法として山本さんは「新しい食糧生産システム」と表現されますが、"新たな農業"という表現にしないのは理由があるのでしょうか?
「食糧生産システム」と表現しているのには理由があります。これからの食糧生産を担う人たちに、農業に従事しているという感覚ではなく、「このビジネスは面白い」と思ってもらえる環境を作ることが重要だと考えているからです。例えば農業の世界では、新しく農家になる人に対して「就農する」という表現が使われますが、この言葉ひとつとっても、凄くハードルが高く聞こえてしまうと思います。
だからこそ、ビジネス視点で捉えて、その技術が魅力的に感じるというのは非常に重要であると同時に、可能性を感じるわけです。アクアポニックスの魅力は、植物工場なのに魚がいるという"ユニークさ"があり、魚は"養殖のチョウザメ"で、黒いダイヤと言われる世界三大珍味のひとつであるキャビア(卵)が獲れるという面白さもあります。
ーー確かに、ワクワクするビジネスですね!
一方で、面白さだけでビジネスは成り立たないのも事実です。利益を上げなければなりませんが、チョウザメを育てることによって色々なビジネス展開が期待できます。さらに、昨今の異常気象により、熱中症など農業に従事する方々の命も危険に晒されていますが、植物や魚を育てるプラント内にエアコンを設置するなど、働く環境を改善することもこのシステムでは可能となります。農業における懸念を「アクアポニックス」で解決することも可能なのです。
やりたいことを貫いた先の起業の道
ーー起業したきっかけを教えてください。
実は、これまで一度も起業しようと思ったことはないです。やりたいことがあって進んで行った結果、起業の道が待っていたという表現が正しいと思います。起業も目的ではなく手段だと捉えており、やりたいことを実現するための最善の道として選びました。
ーー起業の道を選択した経緯を伺えますか?
前職の広告代理店で新規事業の立ち上げに関わっていた際、寒冷地型データセンターを長岡につくるというプロジェクトに携わりました。データセンターは社会インフラの1つとして急速に増加していますが、大量の電力を消費し、二酸化炭素を排出することが世界的に問題視されています。そこで、このプロジェクトでは、長岡の気候を活かし、外気や雪を利用して冷却を行うという取り組みを進めていました。さらに、このデータセンターから生まれる余熱を利用して、新たなビジネスができないかと模索していた中で、「データセンター+食糧生産」という事業の構想が生まれたのです。
ーー構想が先にあり、そこにマッチしたのが「アクアポニックス」というわけですね。
農業についてもいろいろリサーチする中、新しい農業の手法としてアクアポニックスが世界的に少しずつ注目されていると知り、ぜひ取り組んでみたいと思いました。
ーー会社の新たな事業としてスタートしたのに、なぜご自身で起業されたのでしょうか?
投資家を募ってから1年ほど経過した時、私の熱意に共感してくださる投資家に出会えたのですが、投資する条件として「私が新会社の代表をやることと、1年以内に前職を退職すること」という2つの条件が提示されました。そのため、この事業を進めるには、前職を退職して独立せざるを得ませんでした。しかし、プロジェクトを進める中で、すでに私自身も自分が中心となって事業を進めていくのがベストであると感じていたため、独立について迷いは全くありませんでした。
ーーまだ日本に浸透していないシステムを扱うためにどのような努力、苦労がありましたか?
まずは、投資家を募ることから始めました。そして、弊社の取締役でもあるワイコフ(2011年から「アクアポニックス」を扱っている第一人者)の元に足繁く通いました。私の想いを何度も伝えて投資家と引き合わせるなど、2年近く交流を深める中で、お互い信頼を築けることができたため、共同で新会社を立ち上げるに至りました。その出会いから6年が経ち、今では役員2人を含む20名のスタッフで力を合わせて事業に取り組んでいます。
ーー事業を進めていく中で喜びを感じることもありましたか?
現在は長岡市内の大手スーパーや直売所を中心に野菜を取り扱っていただいていますが、手に取ってくださった方の姿を目にすると嬉しくなります。また、最近では「アクアポニックス」に関するニュースを耳にする機会が増えてきました。全てが我々の功績ではないのですが、「アクアポニックス」に携わる者として認知度が上がってきたというのは素直に嬉しいです。
Jスタ認定が地方ベンチャーの背中を後押し
ーーJスタに認定されて3年ほど経ちますが、どんなメリットを感じていますか?
新潟県内のベンチャー企業同士でつながり、情報交換やコミュニケーションをとれることは非常に意義があると感じています。資金調達の話はもちろん、先輩起業家の苦労話などを聞けるのは大変勉強になります。また、新潟県にはベンチャー企業を支援してくださる大手企業もあり、そういった皆さんとつながることができるのは事業にとって大きなメリットになると思います。さらに、Jスタは国が運営している制度であり、認定されているということは国から認められた証でもあります。ベンチャー企業にとっては大きな信頼に繋がると同時に、行政からの知名度も上がるため、さまざまな支援を受けることができます。
実際に、弊社は本社所在地である長岡市から大変ご支援いただいています。補助金はもちろんですが、土地の斡旋もしていただいています。こういった支援は大変心強く、事業の支えになっています。
起業するなら、スタートの分かれ道から
ーー起業を考えている方々へメッセージをお願いします。
起業のタイミングや規模は、自分のスタイルに合わせて柔軟に考え、進めていけば良いと思います。そのため、起業したとしても最初はサイドビジネスのような、二足のわらじも選択肢として考えてみてはどうでしょうか。起業をする際、スタートの段階で大きな分かれ道があります。投資家を募って行うビジネスか、投資家は募らなくても立ち上げられるビジネスかという2つの選択肢です。これは経営者として大きな選択だと思います。投資家を募る場合は株主への還元が必要ですし、投資家に応えるために事業拡大が求められ、大きな責任が発生します。一方、自分の貯金を資本金にして、従業員が自分1人だけといった形でスタートする場合は自分のペースで進めていくことができます。こうした選択肢を意識しながら、自分に合った道をよく考え、最終的には自分が本当にやりたいもので起業するのが良いのではないかと思います。
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