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第4回NVAピッチグランプリ受賞者インタビュー

第4回NVAピッチでグランプリを受賞された株式会社コルシー代表取締役社長の堀口航平さんに、ビジネスモデルへの想いや今後目指すこと、事業の広がりについてお伺いました。

※NVAピッチ
次世代の高成長なベンチャーや第二創業者の輩出を目指し、 新潟県に縁のある若者経営者などにより設立されている新潟県ベンチャー協会 (略称:NVA) が主催し、起業家や企業からのビジネスプランを募るピッチイベント。2020年から毎年開催。


株式会社コルシー 代表取締役社長 堀口 航平さん

<プロフィール>
堀口 航平(ほりぐち こうへい)
1988年群馬県高崎市生まれ。群馬工業高等専門学校を卒業後、新潟大学工学部・新潟大学大学院自然科学研究科に進学。大学卒業後、名古屋のベンチャー企業にて新卒採用支援事業の創業メンバーとして立ち上げを経験した後、医療系人材紹介会社にて医師の転職支援に携わる。それまでの経験を活かし、2018年に株式会社コルシーを立ち上げる。医師不足が深刻化する中、IT技術を活用した心電図診断のクラウドワーキングサービスを提供する。心電図データを年間50万件ほど受注し、地域の課題解決に貢献している。


医師不足とアナログを同時に解消

ーーコルシーさんはどのような事業に取り組まれているのでしょうか?
私たちは、"医師不足"という社会課題に向き合っている会社です。具体的には、独自に開発したオンライン診療ツールを用いて、心電図などの医療データを各医療機関から集め、電子データに変換した後、専門医による解析やコメントをつけてお返ししています。
特に地方では、医師不足が深刻になっており、"地域偏在"と"診療偏在"がかけ合わさり、深刻さを加速し続けています。

例えば、転職支援会社が新潟のような地方に医師を派遣しようとしても、求人に対して希望する医師が見つからず、1年以上かけても成果を出せないこともあります。また、医師の専門分野の細分化が進んでいるため、一人の医師が担える幅が狭まっているという問題もあります。そのため、医師が少ない地域では専門分野外の診療に頭を抱えながら取り組んでいるケースもあります。私たちが扱う心電図というのは循環器内科の領域で、特に苦手としている医師が多いというのが現状です。
そこで、ドクター向けのクラウドワーキングサービスとして弊社が医療機関と医師の間を取り持ち、問題を解決しようと取り組んでいます。

また、預かる心電図データは紙でいただくことが多いのですが、お返しする時には電子データに変換しているので、医療機関のDX化も同時に解決することが可能です。お世話になっている医療機関の方からは、「段ボールを送るだけで問題が解決する魔法のようなサービス」と、お褒めの言葉も頂戴しました。医療機関から預かった紙データは一定期間保存しなければいけないので、医療文書として記録紙を預かるサービスも同時に行っています。今では年間50万件ほど受注をいただき、解約は0件という実績を出すことができています。

ーー医療機関にとっては救世主のような存在ですね。ちなみに、診断に関わる医師はどのような方々が多いのでしょうか?
活躍しているのは、留学中や子育て中の医師が多いです。タブレット端末があればいつでもどこでも診断をすることが出来るので、病院では勤務が出来ないが、自分のタイミングで仕事が出来るという方に診断していただいています。"潜在看護師"という言葉をよく耳にしますが、まさに"潜在医師"の活躍の場を提供できているのではないかと考えています。

"誰かの役に立つ仕事"に魅力を感じた子ども時代

ーー起業家として歩み始めたきっかけを教えてください。
直接的に起業に繋がるわけではないのですが、根本にあるのは小学生の頃の経験だと思います。実家がスーパーマーケットを営んでいたのですが、地域に根付いたスーパーだったので、お客さんの中には近所の高齢の方もいて、その方の荷物を届けるお手伝いをしていました。当時、大手のスーパーが続々と進出していましたが、車がないとスーパーに行くのは難しく、車で買い物に行けない人たちが取り残されてしまっていたのです。そのような課題意識を小学生なりに持っていました。この当時の思いが、起業にも少なからず繋がっているのではないかと思います。

ーー困っている人の役に立ちたいという想いが、小学生の頃から芽生えていたのですね。想いが具体的に形になったのはどのような経緯だったのでしょうか?
第二の故郷・新潟が医師不足であるというニュースを知ったのがそもそもの始まりです。大学卒業後は名古屋のベンチャー企業に就職し、新卒採用事業の立ち上げメンバーとして学生開拓の担当をしましたが、その仕事をずっと続けていくというビジョンが描けず、転職活動を始めました。その時に耳に入ってきたのが、新潟の医師不足についてのニュースでした。新潟が医師不足で困っているなら、「ビジネスで新潟に貢献できる」と思い、医師の転職支援を扱う会社に就職しました。私は地方で医師採用に苦戦する病院の採用窓口を代行するサービスを担当していたのですが、新潟・佐渡のような地域の病院と新しい医師を繋げることが難しい状況が続いていました。

その状況に試行錯誤しているとき、友人の紹介で出会った群馬の医師から、「心電図を診断する医師が不足している」という話を聞きました。心電図は循環器内科の専門医が診断するのですが、専門医が見つからずに困っている病院が多いようでした。また、医師から「私も病院から心電図を家に送ってもらって、解析するという仕事をしている。これをもっと仕組み化して困っている病院にサービスを提供したら役に立てそうではないか?」とヒントをいただきました。それを聞いて私は、「この領域にビジネスチャンスがあるのではないか」と感じました。これまで自分が抱えていた転職支援サービスでの限界に対する課題と、その医師が持っていたアイディアが合致して、「私、これやります!」と宣言しました。10月に初めて医師に会ったのですが、その年の12月末に転職支援会社を退職し、翌年の1月に創業しました。

ーーものすごいスピード感ですね!新しいことにチャレンジすることへの不安はありませんでしたか?
不安はあまり感じませんでした。というのも、医療機関と医師をつないで遠隔支援するという仕事の根本は変わっていなかったからです。また、データの解析を外部の医師に依頼するという概念自体が昔からあったという背景もあります。医療が少しずつデジタル化してきて、レントゲンフィルムから、レントゲン画像というデータになった頃に、放射線科領域で流行り出していました。レントゲンのマーケットは出来上がっているのですが、心電図のマーケットはまだ誰も手をつけていませんでした。

ーーどうして心電図のマーケットは空いていたのでしょうか?
今もまだまだですが、当時は今以上にデジタル化が進んでないことが、要素としては一番大きいですね。
また、周りの人は、私が退職してから起業までのスピードが速くて驚いていましたし、退職前の収入は安定していたので、本当に辞めるの?と聞かれたこともありました。しかし、アイディアを出した医師も私も、「医師不足の課題はなんとかしなきゃいけない!!」と、本気度がお互いに高まり、起業を決意しました。その医師は創業メンバーとして、今も事業に携わっていただいています。

アナログに寄り添うことでデジタルを広める

ーー起業後、事業は順調に進みましたか?
実は、順調ではなく最初から大きな壁にぶち当たりました。
「心電図だ!これはいける!」と始めたのですが、レントゲンなどの画像診断とは違い、大部分の心電図のデータは紙媒体であるということに、起業してから気がついたのです。営業の電話をかけても、どの医療機関からも「心電図は紙媒体だから難しい」と断られてしまいました。アイディアを出してくれた医師の病院では、既にデジタル化していたので、どこの病院もデジタル化が進んでいると思い込んでいました。起業早々、サービス継続の危機に陥りました。規模の小さい病院や健診センターは、まだまだデジタル化が進んでおらず、古いクリニックになるとインターネットすら通っていない医療機関もありました。

その結果、電子化している医療機関とだけ取引するのか、紙も受け入れるのか、この2択を迫られていました。しかし、そんなピンチを救ったのは、ある企業の社長の言葉でした。それは、「Apple Musicが電子ミュージックの世界で圧倒的なシェアを誇っているのは、CDを取り込めるようにしたことが勝因だった。アナログに寄り添ったからデジタルのものを普及させることができた。一見遠回りのようだけど、それがキーである。」という言葉です。
これは私たちの事業にも当てはまることで、いきなり最先端の技術を抱えて営業に行っても難しい。しかし、紙媒体を管理できるという切り口で提案すれば、受け入れてくれるのではないかと考えました。早速、スキャナを買って紙媒体のデータを取り込み、診断ツールで情報を回収するという形で進めていった結果、無事に多くの医療機関の方々に利用いただけるようになりました。診断ツールも、利用する医師の方々からフィードバックをいただきながら日々改良を重ねています。「世界一、心電図を読みやすいシステム」だと自負しております。

新潟だからこそ出来ること

ーー2023年の春に新潟にも拠点を置かれましたが、どうして新潟だったのでしょうか?
新潟に拠点を置くきっかけとなったのは、ある起業家との出会いです。2年ほど前に「新潟のベンチャーシーンが変わっていきますよ!新潟が面白くなりますよ!」と、同郷で新潟大学出身の起業家から言われ、興味を持ち始めました。その後、何度か新潟での集まりにお誘いいただき、新潟の起業家の方々と接する中でNVSの存在も知り、レベルの高いコミュニティがあることにも魅力を感じました。
また、私が新潟大学在学時に少しさびれているなと感じていた建物が「NINNO(ニーノ)」という充実した施設に生まれ変わっていることに衝撃を受け、新潟でも事業を展開することを決めました。

ーー新潟にしかない魅力があるということでしょうか?
大きく2つあります。
1つ目は、企業同士の距離が近いことが特徴の1つでもある、ベンチャーコミュニティの存在です。起業仲間が世界を目指して頑張っている姿はとても刺激になりますし、お互いのノウハウや人材的な部分で助け合うことができます。まさにエコシステムだなと思っています。企業間で意見を交換し、助け合える新潟の存在はとても貴重です。

2つ目は、我々がいる業界でもある、医療分野に課題が多く存在することです。県土が広く、山間部もあれば離島もあるという、日本の今後の少子高齢化社会の縮図みたいだと感じています。そこで1つモデルが作れれば、全国、世界に展開できるのではないかと考えています。実験的な意味合いとしても新潟を捉え、魅力を感じています。

NVAピッチを通して、原点に立ち返る

ーー魅力を感じている新潟で開催された第4回NVAピッチでは、見事にグランプリを受賞されました。なぜNVAピッチに出場しようと思われたのですか?
「出ないわけにはいかない」と思ったのが正直な気持ちです。これまでのピッチには起業仲間たちが参加して、グランプリを受賞しているわけです。新潟の仲間入りをするには、このピッチに挑戦しなければいけないという使命感が芽生え、出場を決めました。また、現在の新潟のベンチャー環境をつくってくださった方々に報いたいという思いもあり、頑張りました。

ーー出場してみていかがでしたか?
先輩や同じフェーズの起業家たちと、起業や事業、プレゼン内容について話し合いをしている中で、どうして事業をやっているのか、やるべきことは何なのかという部分を見つめ直すことが出来ました。新潟の医師不足に課題意識を持ったことがこの世界に入ったきっかけなので、モチベーションの原点は新潟にあると再認識しました。物理的にも原点回帰していますし、まさに、生まれた川に帰ってくる"サケ"です。先輩から嬉しい言葉をかけてもらい、その言葉が励みにもなっています。

ーーメンタリングを経て、プレゼンに変化はありましたか?
大幅に変わりました。NVAピッチ予選の時は、「自社は得意先様と年間50万件取引してデータも沢山あるので、AIを作ります」という流れのプレゼンでした。予選は通りましたが、メンタリングにて、本当にそれがキーなのか、突破口になるのかという指摘を受けました。その指摘、アドバイスのおかげで自分の考えがすっきりし、NVAピッチ本選では事業の内容も明確化できて、より進化したプレゼンをすることができました。参加した他の起業家も同じだと思います。今回はありがたいことに私がグランプリをいただけましたが、正直なところ、皆で獲得したグランプリだと思っています。今回の受賞を自信にして、心電図だけではなく、より多くの領域で我々のサービスを展開していきたいです。

自分にしかできないというこだわりが成功のカギ

ーーこれから起業される方へ、メッセージをお願いします。
「原体験を通じて感じた課題意識」を大切にして欲しいです。私は前職の時、既存サービスでニーズに応えきれなかった地域や医療機関に、新しいビジネスを提供して喜んでいただけたとき、起業して本当に良かったと感じます。
起業自体を目的とするのではなく、日々の生活で感じた課題に対して「自分は何ができるのか」を考え抜いた先に、「誰にも負けない、自分にしかできない」というこだわりのようなものが生まれてくるのではないかと思います。まだ課題というのが見つからないという人は、まずは多くの「原体験」を積んで欲しいです。"地域の課題が多い新潟"は、起業をするうえで最適な場所だと思います。


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